2013年10月31日

お釈迦さまものがたり[番外編12]《神とは?悟りとは?》

発見exclamation×2

PA300423.JPG
直径17cmのカラカサタケexclamation
分かりやすいexclamation&questionように、きのこの上に小指大のドングリ乗せてみましたるんるん

さて、今度の日曜日ですがイベントをやりますよ。わーい(嬉しい顔)
もみじとひかりとおはなしと
イベントフライヤー.jpg
日伽理さんをお招きしてのピアノ演奏と私のお話です。
動真庵にて14時30分からですので、お時間がある方は是非!
※1ドリンクつきの1500円となっております。


では「お釈迦さまものがたり」の続きですが、今回も番外編です。

今回は、ゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)を含め、
当時この時代においてバラモンの修行者達が求めていた


ぴかぴか(新しい)神仏あるいは神仏・悟りの境地ぴかぴか(新しい)


についてお話をしてみます。 

当時インドでは、神仏のことを梵天(ぼんてん)と呼んでおりました。

梵天とは・・・古代インド語ではバフラマン(ブラフマン、ブラフマー)といいます。

では、仏教はといいますと、


宇宙創造主とされる存在

すなわち神なる絶対者否定する立場をとるもの



として考えられておりますが、

当のお釈迦様自身の修行時代には、

常に神仏・バフラマン心を得ることを望む、

ないしは

神仏・バフラマン即自一体となるための修行
をめざしていたのです。

そうすると・・・

あくまでも修行対象は梵天に向けられていたということになり、

お釈迦様御自身は


絶対的ともいえる神なる存在


を信じ、それを求めていたことになります。


では、お釈迦様の修行対象となっていた梵天が持つの状態とは一体なんなのかといいますと・・・


如来になるための前段階ないしは如来近い心境をさすといわれます。


如来の上位にはがあるとされ、

如来とはこの神の意思に受けて、

まさにが持てる大智識を我がものとさせることができる仏法の体得者


ということになりますが、

梵天如来の補佐役となって地上界に神の智識すなわち仏法を流布させていく役が与えられているとされるのです。

ですから、梵天の心からはその智識・智慧がこんこんと湧き出てくるばかりで、乾くことを知らないといわれます。 

もちろん、ここでの神から与えられているということになるのですが、


では、人智を乗り超えた、人間には非ざる存在ということであり、

それは大自然を支配し司る大意識生命体ということになります。


人間であるかぎりは、ここでいう神になることはできません。


より具体的に、をいえば・・・


私達この世・あの世の物・心両世界を含むすべてを意味する「地水火風空」という五大

すなわち地球や太陽や宇宙そのものの姿神なるものの当体であり、

同時にそれら当体からはたらきかけていく調和を目的とした


慈悲と愛の塊りそれら大意識エネルギー 


それをといいます。 


それは、自然神ないしは十次元以上の意識世界に宿す大存在ということになります。 


ですので、お釈迦様自身が三十六歳時に悟られたというのは、


こうした神の大意識と心的に即自一体(宇宙即我)となり、

それによって


森羅万象一切の生い立ち、

宇宙と人間、

神の存在、

人間のあり方、

魂の転生輪廻など



これらが一瞬のうちに明らかとなったとされ、


いわゆる神の意思・智識や智慧


心にダイレクトに受けることができたといわれます。 


ちなみに、具体的にどのようになられたのかといいますと・・・


三十六歳時、悟ることができたお釈迦様の意識霊魂(光子体)が、その悟りの直後、

すぐに幽体離脱(ゆうたいりだつ)して

八次元・如来界七次元・菩薩界の中間にある梵天界にまで昇り、

御自身お悟りの所見を講演いたるところになったのであります。

これは悟ってのち地上界・人々に神の法(仏法)を流布させる役割を担う裏づけがあってのことからでもありました。


なんだか話が壮大なスケールになっちゃってますが、



悟りとは、そういうものなのです。


posted by どうざん at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

お釈迦さまものがたり[番外編11]《肉体【物質】と心【精神】2》

ヌスビトハギ(盗人萩)
PA090306.JPG
花がハギに似ていますが、マメ科の多年草です。(小さすぎてわかりにくいですが・・・)

マメ科ですから、もちろん豆ができるのですが、

その豆は2節からなり、その姿から

抜き足差し足・・・泥棒の足跡にそっくりということから

この名前。

残念というか・・・かわいそうな名前ですもうやだ〜(悲しい顔)


では、前回の続きですexclamation


不安定で固体的な物質の波動によって

大きく影響されてしまう

精神・心の世界


その典型はと言いますと・・・


私達が持つ肉体その感覚器官となる

五官(眼耳鼻舌身)に表れてきます。 


ここからちょっとイメージして頂きたいのですが、

私達人間の姿というものは、

まず、中央部には[心]があります。

その中央部である[心]の周りには

輪廻転生の記録によって個性化され、

まさに自分となって性格づけられた

[魂]が包み込み、

さらにそれらを覆い包むあの世(神仏の世界)の体である

の体、いわゆる[光子体]というものが、

それぞれ重なり合うようになって出来上がり、

それによって永遠なる霊的生命体を作り上げています。


しかし、今生この世に生まれてくると、

更にその上に物質肉体を覆い重ねなくてはなりません。
 

このように、私達人間の姿何層構造にもなっているわけなのでありますが、

本来の生命体となって永遠に生きようとする

私達の心魂(心魂を包む体としての光子体)そのものは、

この世で物質肉体を纏うことによって、

荒い物質波動からの影響を強く受けてしまい、

そのため心的感覚焦点ボケが生じ、

あるいは心的操縦不正確さが伴い、

心の奥層(神仏の心)という観点からすれば・・・


盲目にも近い状態


へと置かれてしまうのが現状であるようです。

そのため、たとえ心魂(光子体)それ自体に

心の眼(五官)はあっても・・・

一番外側である肉体の眼(五官)で見たものが即優先とされ、

それは耳にしても鼻や舌そして全身の感覚器官にしてもすべては

肉体のそれらに取って替えられてしまうようになります。

その結果、肉体を纏うことによって、

そのものは表面層でしか働かず、

いわゆる表面意識でのみで

それもごく皮相でしかない薄っぺらい表面の意識

物事を考え判断してしまうことになり、


どうしても「自己中心」が全面に出てしまう


そんな偏った小さな心へと変質してしまうのです。

これを仏教では


五官六根


といいます。 

つまり、

肉体を纏い物質波動に惑わされてしまうと、

どうしても肉眼など肉体五官で受けた姿や形などが

すべてに強く影響を与えることとなり、

それによってそのものがとらわれ

とらわれた自己保身という意を多く受け持つ心の表面層

強く働きかけることになるのです。



その結果・・・


ものごとを心の奥層で考え判断することなど及びもつかなくなり、

心の中で作り出される想念そのものが

心の表面層内で終始完結がされるという意味内容を持つ



自分よがり・短絡な想念


となっていく傾向となり、

それが心身に大きく働きかけていくようになっていく・・・

これを

五官六根

というのであります。 


前回の「お釈迦さまものがたり」で書いてましたが、

お釈迦さまでさえ、身辺警護に来た若者5人に出会うことによって

肉体の眼(五官)による煩悩の焔(ほのお)がいつの間にかに燃え上がり

追憶を楽しんでしまわれました。


あのお釈迦さまでさえ、肉体をまとってしまうと・・・


それぐらい影響力があるんですね。ふらふら


posted by どうざん at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

お釈迦さまものがたり[番外編10]《肉体【物質】と心【精神】1》

コムラサキ(小紫)
PA090311.JPG
玄関先にて撮影。


かなり久しぶりの更新となりました。たらーっ(汗)


言い訳ですが・・・あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)


8、9月は、忙しく過ごさせて頂いておりました。exclamation


仕込みに追われ大変でしたが、実にありがたいことです。わーい(嬉しい顔)


前回、お釈迦さまが

「人間が持つ心というものは、まさに不思議なものである」

と、あらためて気づかれました。

お釈迦さまはこれにより、

肉体を中心とした修行法から

心を中心とした修行法

大きくシフトされていきます。


肉体【物質】から心【精神】

ということで、今回は

物質精神

というところにひらめきスポットひらめきを当ててみたいと思います。


私たちが存在しているこの世の中は、

【物質】【精神】
 (色)    (心)

という両世界から成り立つものであります。
  (色心の不二一体)


まず、物質というものですが、

これはどうしても個体粒子が荒くて、不安定なものです。

何故、不安定なものと言えるのかと申しますと・・・

この世の中に存在するどんな物質(生物や鉱物など)であろうと、


必ず変化します。
(もちろん物質によって時間差がありますが・・・)


永続的《今》の状態を維持し続けることはできません。


私たちが、物質安定しているかのようにみえるのは、

一定の期間しか見ていない(見ようとしていない)だけであって、

実際は、常に変化し続け、永久に一定であり続けることがない、

要するに安定することができないのです。

ですから、

物質不安定である≫

と言えるのです。

そして、

私たちが、こうした不安定固体的物質波動によって、


大きく影響がされ攪乱もされてしまうものがあります。

それが、


精神をつかさどる心的領域の世界



どういうことか、その典型はと言いますと・・・








ここで、次回exclamation
数日中に更新しますので、ご安心くださいわーい(嬉しい顔)
posted by どうざん at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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