2013年03月26日

お釈迦さまものがたり[番外編7]《あの世とこの世2(現象界)》

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遅くなりましたが、梅の写真。
現在、徐々に散り始めました・・・


久しぶりの続きですあせあせ(飛び散る汗)


この世現象界にいう「現象」とは、



肉体五感を通して知覚される形象の世界



簡単に言えば、


見たり聞いたり、触ったり、嗅いだり味わったりすることで、確認出来る姿や形。


要するに、


私たちが、普段感じているままの世界。



現象には、そんな意味あいが付されますが、


もっと厳密「現象界」を定義すると・・・


ちょっと難しいですがたらーっ(汗)こうなります。



「現象界」とは、



世の中・世界を構成する原形・基本因子(粒子波動)が、
※《粒子波動》に関しては、後日書く予定にします。


どちらかといえば荒く粗雑なため、


即時円滑というか

キメが細かくスピーディーで正しい

「因果の関係」が伴えず、


よってそこで起こる事実事象が、

とても不安定というか固体的で、とてもギゴチなくなってしまう。


それゆえに、

安定的永続とされた落ち着きのある事実事象が成り立ってゆけない。


そんな性質を備えた世界のことを・・・



「現象界」というのです。



まさにexclamation×2



私達・この世の世界が、


これに該当ひらめき


皆さんもこれには納得できるかと思います。



そして、またちょっと難しくなりますが・・・たらーっ(汗)



この世でもあの世でも私達がそこで生きて暮していくためには、


それなりの「空間領域」がなければなりません。


この空間というものは、


「時間」とはまさしく一体となってあるべきもので、


時間があればこそ空間は維持され、

また伸縮もされていくことになるのです。


無時間空間広がりなんてことは、本来あり得ないわけで、


空間領域がある以上exclamation


そこには必ずexclamation時間というものが付き纏います。


 
先に述べた「現象界」では、


安定的「因果の関係」がとれないということでありましたが、


それは、


この「時間」というものの動き


不完全である


ということと同義であると心得て下さい。


なぜならば・・・


因果の進行は時間があって初めて可能となるからです。



時間の前後左右の移動がうまくとれず、


そのために正しい因果関係機能されていかないということ、


それは世の中・世界を形づくる原形・基本因子(粒子波動)が精妙ではなく、


粗雑であるということに起因するのです。


事実、

「この世・現象界」では


時間ただ一方的に進むだけ
で、


過去には戻っていきません


したがって、


永続的に安定とされた事実・事象は叶わず、


常に生起変滅が余儀なくされることになるのです。



かわいいこの世は安定していないが故に・・・かわいい

かわいい無常ということ。
かわいい


次回は、あの世「実在界」です。わーい(嬉しい顔)


posted by どうざん at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

お釈迦さまものがたり[番外編8]《あの世とこの世3(実在界)》

すいせん
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なんという種類かは、わかりませんあせあせ(飛び散る汗)

誰か教えてくださいexclamation



次は、あの世「実在界」についてですね。


この世「現象界」よりも難しいかもexclamation&questionですがたらーっ(汗)


まずは、その言葉の定義から始めましょうるんるん


ここでいう「実在」とは、


文字の通り「実際に在ること」ですが、


これをもっと言えば・・・


五感によって知覚されるものを乗り超えて、

その奥に在る本質的な真の存在といえるべきもの



これを「実在」というのです。 


かつてギリシャのプラトンは、

こうした「実在」イデアである。

と言っています。


すなわちそれは、


超感覚的価値として価値判断の基準となるべき永遠不変の実在であるといい、

物質現象を乗り超えた世界私達・心の中にある真実なるもの



としてこれをとらえました。


またドイツ弁証法哲学者ヘーゲルはこうした「実在」


精神の自己客観化としてとらえ、


実在と観念の統一を主張したわけでありますが、


プラトンと同じような意味を持たせ、


私達が持つ

「心の中に在る真実なる世界=宇宙的理性もしくは神」


それが「実在」であるとしました。


どんなに思念を凝らし疑いをかけても、

それが客観的に在って、

常に自分とともに付き纏(まと)い、

しかも安定的・永続的に存在し続けていくもの



それが「実在」であるのです。 



それはちょうど、

自分の心の中で 


心の存在って、有るの?無いの?


を推し量っているようなものですから、


それは疑いようがない事実となって在るべきものとなります。



こうした意味で、


「現象」に対比されるべき「実在」とは、


「物質を乗り超えた精神・心」


をいうことがわかります。


・・・ちょっと難しかったと思いますがたらーっ(汗)


「現象界」と対比されるべき「実在界」について、


このような哲学的にではなく、


もっとはっきりと実態的にこれを説明してみますと・・・


「現象界」とは、


常に生起・変化・変滅が繰り返され、

イットキたりとも同じものを保存させることができない、

不安定でギゴチない現われによってすべてが支配されている世界


ということでありました。 


その根底には、


この世界を形づくっている原形・基本因子が、

とても粗雑で波動が荒い物質原子によって

成り立っている
ことに由来がされます。


しかし、一体


この物質を成り立たせているものは何なのか?


気になりませんか?


科学的に証明されていることでいえば・・・


原子自体は、原子核電子で成り立ってます。 

原子核は、陽子中性子の集まり。

そして、陽子中性子クォーク(素粒子)で構成されているのでは

※素粒子で記憶に新しいものは、「神の粒子」と言われている、万物に質量を与えたとされるヒッグス粒子。発見の可能性exclamationと発表されただけで、未だ発見されていません。あせあせ(飛び散る汗)

現代科学ではここまでなんですよね。



これらの根本となるもの。


それは物質原子よりもっともっと遥か微細な何か・・・


『お釈迦さまものがたり』で徐々に明らかにされていきますexclamation×2



乞うご期待exclamation


こちらもよろしくわーい(嬉しい顔)《104ページ目に掲載》
※前回発売されて半年で完売した
Oita Cafe Style 2013
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posted by どうざん at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月12日

お釈迦さまものがたり[番外編9]《次元と意識境地》

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今年も、うじゃうじゃとつくし生えてます。



では、続きを・・・



人間として到達ができる最大限の意識境界である


九次元実在界(太陽界)


言ってみれば人間として、


ぴかぴか(新しい)より神近き意識境地ぴかぴか(新しい)でもあるわけです。



で、そもそもとは


ということになると思うのですが・・・



分かりやすく言えば、



かわいい人間以上の存在となって働くものかわいい


これが神であると言えることになると思います。


とするならば、


その神なるものというもの、それは・・・



大宇宙の中にある一霊圏
(三次元この世・現象界そして四次元から九次元までの実在界を含めた全人間が生存できるとされる全環境)


としての地球、

その位置所在の内にあって、

私達人間を含めた地球生物すべて各々が、

魂・修行できる活動のための

時間・空間という基本的条件を与え、

そのうえで大自然織り成す生存環境のすべて

それら全部を悉く

与えてくれるものということ



になります。


そして、その神の依命を受けた最高責任者・人間居る場所(意識空間)


それがまさに九次元実在界(太陽界)ということになると言えます。



そうすると気になるのが、



とはいかなる実体なのか



ということになると思います。


これまでの説明で言うと・・・



それはここでいう


九次元実在界(太陽界)を乗り超えた

十次元以上の意識境地を持つ存在



ということになります。



では、人間として到達ができる最高段階である意識境界の一つ上



十次元・意識境地とは・・・



それは、地球そのものが持つ意識境界がそれであります。


なぜなのか


それは、
私達世界の中で人間能力を乗り超えた存在
とは、


私達地球を取り巻く自然現象にこそexclamation


それが当てはまるからです。


まあ、これは地球にも魂(意識)といえるべきものがあるということになります。


そうすると地球そのものも一つの生命体であるということになるわけで、


地球そのものが持つ大きな意識、あるいは地球環境を

大調和へと向かわしめようとさせる

諸々の自然現象からなる真理や法則




いってみれば自然神のようなもの



これらすべてが十次元・意識境地となって、


まさに私達人間は地球自然界の恩恵を享け、


一方で大きく影響がされて生きていくということになるのです。 


地球そして地球上空を取り巻く

地球霊圏に生きる私達一切は、
※物(物質)心(意識)両面からなる地球環境

常に十次元となって生きている地球意思のもと、

すなわち地球・神なるもとに、

支配され生き生かされている



ということです。


仏教では、こうした自然神の姿ないしは自然神が持つ意識のことを、


五大(ごだい)


すなわち


地・水・火・風・空


といいます。


仏教では神を否定しているとする人々が世の中には多くいるようですが、


この五大として、


すなわち


自然の真理・法則・エネルギーとして、神を表現している


ということになります。


さて、十次元があれば当然のこととして十一次元もあるわけです。


なぜならば、


ここでの「次元」とは・・・


全く世界を異にした階層構成を意味する言葉だからであります。



では、十一次元・意識境地とは



太陽系そのものということになります。

いわゆる太陽が持てる意識境界ということになります。


地球も一生命体で意識があれば、


太陽も列記とした意識・生命体であるということ
です。


太陽は、あの凄まじいエネルギーを放射しながら太陽としての意思を持ち、


大調和をはかって生きていこうとする魂であるということになります。 



ならば十二次元はとなれば・・・



約1000億個の恒星群からなる私達がいる


ぴかぴか(新しい)天の川銀河宇宙ぴかぴか(新しい)


そのものが持つ意識境界となります。



そして、十三次元とは・・・



私達銀河宇宙を含めた島宇宙の意識境界



………と、もうこれには行き着く先がありません。がく〜(落胆した顔)


ですので、



神とは、何ぞや?


ということですが、



神とは・・・



これが百千万億も上方へ次元展開がされた、

それほどまでに大きく広い姿形・意識を持った存在



ということになるのです。


お経の記述を類推解釈していっても、これと同じようなことが読み取れるんですよ。


ということで、


このブログでの『神さま』の位置づけというのは、


様々な宗教、宗派などで崇め奉られているような神ではなく



ほぼ無限に大きく広い姿形・意識を持った存在



これであります。


ぴかぴか(新しい)お釈迦さまぴかぴか(新しい)は、こうした存在と


言わば・・・


一体化・同調


されたわけですね。わーい(嬉しい顔)
posted by どうざん at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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