2013年01月09日

お釈迦さまものがたり[10]《理由》

実は、8日に取材がありました。


何の取材かと言いますと・・・



「TOS テレビ大分」さん。



毎週土曜日 あさ9時55分から放送している


『ハロー大分』の取材でした。



来て下さったのは、大分の方はご存知大野タカシさん。


そして、カメラさんと大野さんと私。
2013_01_08_17_17_13.jpg


そうそう、TV放送日TVはというと、


1月19日(土)午前9時55分からです。


お見逃しなくexclamation×2
(ちょっとしか出ないかもしれませんが・・・)




ということで、「お釈迦さまものがたり」の続きを・・・




ここで、ゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)が、


出家をして出城を決意させた根本の理由


を整理してみます。


 
第一母親マヤの死がありました。


それによってゴータマの気持ち次第によじれてきます。


 
第二にカピラ城内・城外において極端な身分・貧富の格差があったこと。


世の不平等・不公正を強く感じとります。


 
第三相次ぐ戦乱に対しての極度な厭世感


生死無情について考えさせられていきます。


 
第四には、実はゴータマには異母兄弟がいたということです。


養母マハ・パジャパティーには父王との間に

ナンダという弟が生まれていたのです。


当然、王位継承の問題弟ナンダとの間に起きてきます。


それがこじれていくと、城内において醜い派閥権力闘争が生じ、


敵国コーサラによる分断攻略にはまれば、


カピラ城など崩落は眼に見えてきます。


そんなことはあってはならぬと、敢えてゴータマは出城を決意して王位継承から身を引いたのです。



第五には、妻ヤショダラを中心とする女性同士間の嫉妬・軋轢が頻繁にあったということです。 




「生老病死」という仏教が掲げる基本命題


これは上記五つの問題を起点にして現れ出てきたものであり、


もしもゴータマ自身の身辺にこのような原因が起きてこなければ、


「人間とは何か」などという疑いすら抱くことなく


平凡な一生を終えたでありましょう。 



極端に言えば、仏教などこの世の中に生まれてこなかったかもしれません。 



このため、ゴータマの苦悩と出城の決意は、



父王シュット・ダーナーが考えていたほど、



甘いものではなかったのであるということです。



お釈迦さまというお方は、私たち凡人では考えられないくらい


がく〜(落胆した顔)超ハードな環境がく〜(落胆した顔)に生まれてこれれたということですね。


もし自分がその環境であったならば・・・



たっ、耐えられるかな・・・あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)


posted by どうざん at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

お釈迦さまものがたり[11]《禅定のあり方》

先日、花合野(かごの)美術館に行ってまいりました。

NCM_0372.JPG
詳しい場所は、>ここをクリック<



動真庵に納められている『十一面観音菩薩』


実は、こちらより縁あっていらっしゃいました。


そして、コーヒー喫茶店を頂きながら、こんなものも見せていただきましたexclamation

木製の美術品(めざし、キュウリ、栗)
NCM_0370.JPG
注:「なすび」は、サンゴ。左上の「ロウソク」は、鹿の角




で、お知らせですが、


facebookで動真庵のページを作りました。

http://www.facebook.com/doushinan


現在、ちょっとしたことをほぼ毎日?facebookの方に書いています。


このFacebookは、誰でも見ることで可能なものですので、ブログしか見ていない方は、こちらものぞいてみてください。


ブログの更新情報なんかもお知らせしていますので、よろしくお願い致しますexclamation


そうそう、「ハロー大分」どうでしたでしょうか。


私たちは、(TVがないので)まだ見れてません。たらーっ(汗)


後日、CDDVDCDが送られてくる予定ですので、楽しみに待っている状態です。るんるん


ハロー大分のホームページに紹介してありましたので、チェックしてみてください!


☆ココをクリック☆




それでは、久しぶりの続きですよ〜わーい(嬉しい顔)





ゴータマがカピラ城を出て六日目の夕方のことでありました。 


バラモン(インド最上位の僧侶階級種族)系の修行者が同じ森の中に入ってきた。


70過ぎのようだが適当な場所を見つけると、もう瞑想に入っていた。 


でもこの修行者の場合は、悟りのための瞑想というより


森林生活という一儀式


の中に自分を置いているような雰囲気でありました。


ゴータマはこの修行者に「禅定のあり方について」質問をします。


そして、返ってきた言葉は・・・



「その目的とするところは一切の雑念を払い、になることである。になったときに、は現われ、自分ととが一体になるもの」


ということであった。 


これって、私たちが思う座禅(瞑想)の方法ですよね。


でも、ゴータマ(お釈迦さま)にとっては・・・


・・・低い段階でありました。



想念を無にするとされる瞑想三昧は、


人によっては雑念から遠ざかる方法として必要ではあろう。


ただ雑念を浮かばぬようにさせることと、


仏の出現、さらには仏の境界とが、


どうして結びつくのか?


ゴータマからすればそこがおかしいのであった。



武術の稽古にも無念無想ということがよく言われます。 


自分がになると相手の動きがよくわかり、相手から打たれるということがないのだという。


ところがゴータマの経験からすれば、無念無想という心の状態は、


人間が呼吸をし意識が目覚めている限り、そうした瞬間は生まれても、


長くは続けることができないことが知れた。 


またそうした心の状態は、≪悟り≫などとは縁もゆかりもない


ただの思い込み・錯覚にしか過ぎないものである。


そのことも二十九年間・ゴータマ自身のの探索からよく理解がされていたのでありました。 



こうして、ゴータマは一礼して、自分の居場所に戻っていかれました。



続く・・・


posted by どうざん at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

お釈迦さまものがたり[12]《壮大な目的》

今日は、寒い・・・

午後3時くらいでこの温度
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がく〜(落胆した顔)



ではでは、続きを・・・



自分の居場所に戻るゴータマ。


そもそも、この「インド最上位の僧侶階級種族」である
バラモン


は一体どんな生活をしていたのか?


気になりますよね。わーい(嬉しい顔)



こんな生活だったんです。




バラモン種の家庭は6、7歳になると・・・


約12年間exclamation師の家庭に入り、


バラモン教徒としての精神生活上守るべき権威や心構え


各種神々の祭り方や式典儀礼など学ぶことになります。 


そうして我が家へと戻り、家庭生活をはじめます。


そこでは祖先の霊を祀り


社会的、宗教的な義務、あるいは社会人としての役割を果たしていくことになります。


やがて子供が一定年齢に達する頃、一切を子供に託し


自らは森林に入って瞑想苦行に明け暮れる修行生活を送る慣わしになっていたのであります。 


バラモンの修行の特徴は、


こうした森林生活を営む場合、夫婦でそれに励むことが多かったということで、


こうした点では、


男女平等の宗教的風土があったとされます。



そして、この時代の僧侶(出家修行者)サマナーと呼ばれました。 


さらに年老いて、森林生活に入り、遊行の旅を楽しみ、


各地を托鉢による布施で生活しながら遍歴をし、


瞑想ヨガを行じ、苦しみの一条から解脱を目的とする生活に入ってゆく・・・


そんな晩年の僧侶(出家修行者)のことをサロモン(比丘)と呼びました。


すでに釈迦当時にあっても、


過去数百年来、こうしたバラモン出家の修行生活の形態が続いていたとされます。



そして、ゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)ご自身はクシャトリア(武士階級)であり、


決してバラモン種生まれではなかったのですが、


ここでの王子を捨て森林生活に入ったその修行そのものは、


バラモンの最終コースである


サロモンとしての修行に相当いたしました。 


とはいえ、ゴータマはバラモン種ではありません。 


カースト制度がとても厳しい時代ですので、バラモン種しか行えない修行は・・・


本来ならば、してはいけないこと。


極端な話し、罰せられてもおかしくない時代です。あせあせ(飛び散る汗)


しかし、ゴータマ(お釈迦様)は、釈迦国という一国の
ぴかぴか(新しい)王子様
ぴかぴか(新しい)


もしかしたら、バラモン種からは大目に見られていたexclamation&questionのかもしれません。


ですので、ゴータマ自身は、


バラモン修行者としての正式な資格は持っていません。ふらふら


いわばモグリの修行者exclamationとなって、


彼は悟りを求め、修行をしていたことになるのです。


要するに、ゴータマ(お釈迦様)にとって、資格なんてどうでもいいわけです。


なぜならば、


彼は自分一人の栄誉のために・・・とか

自分一人の悟りのために・・・などの


修行をしているわけではないからです。


ゴータマがやがて得ることになる≪悟りそのもの≫によって、



かわいいできるだけ多くの人々が救われるかわいい



もっと言えば、


生老病死の苦縛から解脱ができる道を教え弘め、

世の中をより生きやすくより幸せにさせていく


という



ぴかぴか(新しい)壮大な目的ぴかぴか(新しい)


があったからでありました。



かっこよ過ぎですexclamation×2

posted by どうざん at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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