2011年12月27日

割れ石

一週間ほど前に、国東に住んでいる友人宅(私は、初めてでしたが・・・)に遊びに行きました。

そこの近くにある巨石です。
IMAG0025.jpg
かなり大きいです・・・

KUNISACHI'Iというホームページも作ってらっしゃいます。



東京から大分県に移住された方で、田舎暮らしをされています。

私も、庵(お寺)を創るべく奮闘中なため、なにかヒントとなることがあるのではないか?と思いながらの訪問でした。

写真はありませんが、そこには≪薪ストーブ≫が設置されていましたが、まだがついていない。

そこで、私がをつけさせていただきました。



いい!


≪薪ストーブ≫最高です!!



私が創るところには、囲炉裏がほしいと思っていましたが、≪薪ストーブ≫必要と確信exclamation&questionしました。


奥様と色々お話をしていると、旦那さん(通称たつさん)も帰ってらっしゃいまして、またまた色々とお話をさせていただきました。

たつさんは、ヒーラーをされていることもあるのか、ものすごくエネルギーが溢れている方だと感じましたね。


まさに、たつさんこと、木盛龍彦さんは「心に蓋なし」って感じの人です。




ほとんどの人は、「蓋」をしてしまってます。

要するに、「臭い物に蓋」です。

良く見せようと取り繕うんです。

それは、自分をぴかぴか(新しい)立派ぴかぴか(新しい)に見せようと体裁をととのえるため。


でも、そこには実質的な意味はもたない。


『飾り』です。


飾りのない生き方。


なかなかできるものでは、ありません。


私たちの言う≪苦しみ≫は、どこから生まれるのか。




『飾り』もその一つ。




「何」が良くなるように、飾るのか?



「何」の範囲によって変わってきます。




自分自身なのか、世の中なのか。






お菓子やら食事やら、色々頂きました。

お土産までexclamation×2


ありがたいことです。


ご縁あっての出会いです。


意味あるものにしたいですね。


posted by どうざん at 17:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

宗教って・・・

早いもので、あと2日ですよ、今年も・・・

で、こんなニュースが入ってきました。


イエス・キリスト生誕の地とされるヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムにある聖誕教会で28日、ギリシア正教会とアルメニア正教会の司祭約100人が乱闘となり、警察が介入する騒ぎとなった。AP通信が伝えた。

司祭たちは1月7日の正教会のクリスマスを前に、教会内のそれぞれの敷地を清掃。相手の敷地に侵入したことで口論となり、ほうきを振り回してのけんかに発展したという。大けがをした人はいなかった。





なんだか、ため息がでる出来事です・・・バッド(下向き矢印)


この誕生の地とは、聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)といいまして、エルサレム旧市街(東エルサレム)にあるキリストの墓とされる場所に建つ教会です。

新約聖書において、イエス・キリストが十字架に磔にされたとされる『ゴルゴタの丘』は、この場所にあったとされているそうです。

要するに、中東地域の教会の中心聖地であって、カトリック教会、ギリシア正教会、アルメニア正教会などが共同管理していて、毎日どこかの教派がミサや礼儀などの行事を行っています。


聖職にある方々が、敷地に、入った入らないで、ほうきまで振り回し、けんか・・・

司祭であれ、人間なわけですから、怒る気持ちは分からなくもないですが・・・

私は、宗教とは『愛』『平和』を掲げ、先頭にたって実践していくものと考えていますので、じつに悲しいお知らせでした。

どうやら、1回や2回ではなさそうなので、ココロが痛みます。




ちなみに、『正教会』から別れたのが『カトリック教会』で、職名が<司祭>、そして「神父」と呼びます。

もう一方が『プロテスタント』で、司祭ではなく<牧師>「先生」と呼びます。




『カトリック教会』は基本的に、帯妻できません。※例外もある。


では、『正教会』はというと・・・

もちろん<司祭>はできませんが、司祭の一つ手前に<輔祭>(ほさい)であれば、妻帯はできます。※輔祭とは、司祭の補佐です。


一方『プロテスタント』は、キリスト教徒は皆<司祭>であるという教理のもと、聖職者という役割が存在しないので、教職者<牧師>妻帯できます。だから「先生」と呼ぶんですね。



仏教でいえば、『正教会』『カトリック教会』が、東南アジア中心の上座部仏教(小乗仏教)

『プロテスタント』が、日本などの大乗仏教と考えていただいてもいいかも。





いや〜、こうやって考えると宗教って・・・ややこしい。ホントに・・・




元々は、キリスト教だってイエス・キリストから始まったものだから、1つだったはず。

仏教だって、お釈迦さまから始まったんだから、1つだったはず。




人間は、身勝手な生き物。


自分たちの都合利益執着してしまう。


ご覧のとおり、現在までに神や仏に仕えてきた人たちでさえ・・・



こういう時代だからこそ、


『愛』の心。
≪そべての存在を許し、互いに助け合い・愛し合い・いたわり合い・連携し合う心≫

『慈悲』の心。
≪何も見返りなど求めずに他へと捧げ、慈しみ、かばい立て、他の悲しみや苦しみを取り除いてやろうとする、自己を滅却し広い豊かな心≫

『調和』された心。 
≪慈悲の心と愛の心とが結び合った当然の結果として、ゆがみも不足も無理も軋轢も妥協なども一切なく、すべてが円満・闊達・満ち足り、さらなる進歩向上がされてゆける心≫


が必要です。


今は、はっきり言えばこれらとは逆ですよね。(特に、政府・原発関連とか・・・)




個々がつながり、すべてが互いに進化し高め合えるような世の中になりますように。
posted by どうざん at 22:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

三つ子の魂百まで

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だいぶ遅くなりましたが・・・

明けまして、おめでとうございます。



明後日は鏡開きですが、餅にカビは生えてませんかがく〜(落胆した顔)


話は変わりますが、


このところ、よく聞く事件の動機は、自分勝手な理由が多い。(ムシャクシャした、誰でもよかった、遊ぶ金欲しさ‥‥)

自分勝手というのが、自分中心であれば、相手のことを一応、考えるんでしょうけど・・・

事件を起こしてしまうような人たちは、


自分のことだけ。



相手がどんな状況だろうと、どんな気持ちになろうと、一切関係ありません。



これだと普通は、非情、冷徹、無神経に思えてきます。

しかし、こうした人たちは特段に非情、冷徹、無神経なわけではありません。



わからないんです。




要するに、そういったことを認識することができないんです。



えっexclamation&questionどういうことexclamation&question





科学的にいえば、の問題だそうだ。



詳しく言いますと、『眼窩(がんか)前頭皮質』未発達によるもの。




ん〜・・・ようわからん・・・




ちょっと『脳』の簡単な説明をします。



私たちが脳みそと言えば、「しわしわ」ですよね。

それを『大脳新皮質』と言います。

いわゆる脳みその表面

≪理性≫を司る。


で、内側が『大脳辺縁系』

≪本能≫を司る。


この二つを中継するところが、


『眼窩(がんか)前頭皮質』


ここは、「自己抑制力」「感情移入」「共感」やプラス思考、表情などの働きをします。




要するに、≪理性≫≪本能≫バランスをとり、コントロールするところ。





だから、人らしく生きるための重要な部分






悲しいお知らせですが、

『眼窩(がんか)前頭皮質』は、2歳半最も発達し、3歳までが限界だそうです・・・



発達未発達

【極端な例】

おもちゃ屋さんで、小学生がオモチャを買ってほしいと親にせがむが「お金がない」と言われ、買ってもらえない場合。


※発達している子※ 

お金が無ければ、物は買えないと理解できるので、渋々あきらめる


※発達していない子※

欲しい物は、何が何でもほしいと、激しく地団駄を踏む。




発達している子は、本能的行動感情を抑えることができるが、発達していないと抑えられない。




これは、3歳までにしか発達しないということを考えると、最近の事件を起こす人たちの動機に合点がいく。





本能的行動や感情を抑えられない人たちは、自分のことだけしか考えられない人たち。



ある程度大きくなって道徳教育を施せば抑えられると考えられてきましたが、実は遅い



道路で例えるなら、からへの幹線道路。離合さえ難しく信号さえないあぜ道を、3年間で、整備された片側4車線道路くらいにしなければなりません。

物理的に3年過ぎると道路工事が出来なくなります。

整備できてないと、町がどんどん大きくなっていっても、そこを通る車や人がスムーズに通行できなければ、渋滞を引き起こし、通行しなければいけない車が通れない。


道徳的な知識をいくら増やしたところで、本能的行動や感情を抑えるための道路が渋滞していれば、抑えられないということです。



これは、モンスターペアレンツと言われている世代(昭和40年代以降)から多くなってきたそうで、その子供たちが、学級崩壊を招いてる。




その原因は、『眼窩(がんか)前頭皮質』の未発達によるもので、未発達の原因はというと、<愛情のかけ方>


構い過ぎるといけないということで、ほどほどに構えばよかったが、行き過ぎて「放任」してしまい、「愛情不足」「ほったらかし」の育ち方をしてしまった。



なんでも、ほどほどです。


正月太りしちゃったたらーっ(汗)なんて思っているあなた、食べ過ぎですよ。

なんでも【過ぎる】と、どこかに支障が出ます。

自分の身体バランスコントロールしましょう。


ほどほどに



脳に関する情報は、月刊「致知」で知った 医学博士 國米欣明さんの対談からです。興味がある方、本を出されていますよ。
ラベル:致知 鏡開き
posted by どうざん at 22:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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