2011年11月29日

初参加!

2011年11月25日(金)〜10月27日(日)
みんなの書道合宿なるものに参加して参りました。

http://www.sho-boot-camp.com/

先んずは、M先生、スタッフの方々、主催された『くれいん舎』の方々、大変お世話になりましたありがとうございました。


この書道合宿の壁にはこんな張り紙がありました。


写真.JPG


この意味が理解できたのは、終った後しばらくしてからでした。

書道合宿だから【書】がうまくなるのは当然だが、何かが変わる!

人は千差万別、何が変わるかは人それぞれ。

私が感じたのは、その【何か】が変わることによって、あくまでも副次的にうまくなる!ということだ。




何かナゼ変わるのか?







ほとんどの人は、赤ちゃんを見ただけで癒されますよね。

それは、なぜなのか?



だれでもわかりますよね、ぴかぴか(新しい)心がきれいぴかぴか(新しい)

人が生まれたばかり(赤ちゃん)の心はとてもキレイな状態にあります。


その【心】には、分りやすく言うと潜在意識表面意識があります。
(心の構造は難しいので、追々詳しく説明したいと思います)


心の約9割が潜在意識でその周りに表面意識が約1割。


赤ちゃんは、この世に出てきて間もないため、表面意識がとてもクリア。それが成長するにしたがって、世の中でさまざまな経験をしていきます。良いことも悪いことも・・・

そして、だんだんと表面意識が濁り曇っていくんです。


要するに私たちが普段意識できるところが表面意識。


この表面意識、なにせ心の約1割しか動いてません。

そうすると、どうしても自己中心的だったり、この世中心に意識が動いてしまうという弱さがあるんです。



残りの約9割はというと、人が夜になって暗くなると眠くなるように、表面意識が濁り曇って暗くなってるんで・・・眠っています眠い(睡眠)



exclamation&question


ということは、起こしてあげれば・・・・・




そういうことです!!




posted by どうざん at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

コンタクト

つい最近、コンタクトという映画を見ました。

せっかくですのでBlu-rayで堪能させていただきました。

1997年の作品なので見たことありましたが、どうしてかというと・・・

主演されているジョディ・フォスターさんが、SETI研究所(SETI Institute)に寄付をされたとのニュースを見かけたから。(ちょっと前に・・・)

このSETIとは、地球外知性を探す出す科学プロジェクトの総称でありまして、連邦と州政府の予算削減により電波望遠鏡を使用した調査を中止していたそうだ。

この映画で地球外生命体と遭遇する天文学者を演じたことを振り返り、
積極的に調査を続ければ、電波望遠鏡はサイエンスフィクション
サイエンスファクトに変えることができるかもしれないとコメントしたそうです。

《継続は力なり》とはいいますが、地球外知的生命が見つかるかは、だれにもわかりません。

見つかるかも!?しれないし、見つからないかも・・・しれない。

人によって、このようなことはロマンだ!とか、無駄だ!とか、色々と意見が違うと思います。



何故違ってくるのか?




それは物事に対して私たちが、それが現実的なのか非現実的なのか?・・・などの判断を下すためであり、人それぞれの価値観もあります。


たとえば、興味があるとか、ないとか、自分にとって可能か不可能か?

などなど、きりがありません。

最終的に判断材料の行きつく先は・・・・・





自分にとってなのかなのか?・・・




ここだと思います。


なるだけして、できればをしないように・・・

そのように生きている方が多い思います。


それが、普通だと思います。


しかし、この損得勘定が、だんだんと『もの』に偏ってきている。

ここでの『もの』というのは、いわゆる《物質》



わかりやすく言えば【お金】です。



こう言うと、なんだか《物質》【お金】が善くないみたいに聞こえるかもしれませんが、違いますよ!

【お金】がなければ、この世での生活は大変です。現実に物質の世界ですから『もの』がなければ生活できません。


必要不可欠です!!キッパリ



どういうことかといいますと、私たちの『心』物質に偏っている!


『もの』は、あくまでも≪ツール≫です。



『もの』自体に良いも悪いもありません。



使いやすい『もの』、使いにくい『もの』、きれいな【お金】、きたない【お金】、有用、無駄・・・



私たちが、勝手に『もの』に対して決めつけているだけ。


道具は道具。それ以上でも以下でもない。


これは、自分自身に対しても言える。


私は・・・できない、無理、しない、弱い、etc・・・




『もの』に囚われるゆえに、『もの』に苦しむ。




『もの』は、所詮、私たちが創り出したもの。




そのことを理解すれば、『もの』に振り回されていることに気づき、本当の≪こころ≫を知ることでしょう。




ジョディ・フォスターさんがコメントされたように、


<フィクション(創作)>から<ファクト(事実)>に。

ラベル:映画
posted by どうざん at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

2012

今更ながら、『2012』を観ました、またBlu-rayで(笑)

なんとか2012年になる前に観れたのでよかったexclamation&question


ちまたでは、2012年問題として取り上げられたりしてますが、どうなんでしょうね、あのNASA異例の声明を出したくらいだから。

元々、この問題は、古代マヤ人の使っていた暦の記録が「2012年12月22日に終わっている」ということが始まりです。


そういえば、前にも・・・・


そう、皆さんの記憶に新しいのが、1999年に世間を騒がせた「ノストラダムスの大予言」ですね。



「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」



これは、あくまで占星術師だったノストラダムスという人の予言。
(実際には、ノストラダムスの予言解釈というよりも、著書・五島勉の小説という色合いが強いと指摘されている)


今回は、一つの文明の暦。

古代マヤ人は天体観測に優れ、非常に精密な暦を持っていたそうで・・・


一周期を260日(13日の20サイクル)からなるツォルキン暦

1年を360日(20日の18ヶ月)からなるハアブ暦

ハアブ暦の最後に5日のワイエブ月を追加することで365日とする、太陽暦

ハアブ暦ツォルキン暦の組み合わせが約13年ごとに一巡し、4サイクルの約52年を周期とするものや、より大きな周期も存在していたそうだ。

それが、2万5640年を歴史のサイクルとする長期暦。

現在は2万5640年を5等分した5128年単位の最後のサイクルにいるそうで、この5つ目のサイクルの始まりは紀元前3114年。

ということで、終わりが2012年12月22日とされているのです。


普通の感覚だと、カレンダーが終わったんだから、新しいカレンダーが始まる、ただそれだけですが・・・


マヤには「クワウティトラン年代記」というのがあるらしく、そこには・・・


時代を5つに分けてあり、(2万5640年を5等分した5128年単位のサイクル)
 

第1の時代は洪水

第2の時代は暴風雨

第3の時代は火

第4の時代は飢餓


によって滅んだとされていて、


そして現在が、




最後の第5の時代「太陽の時代」(始まりは紀元前3114年)


しかし、「クワウティトラン年代記」には「太陽の時代」がどのような終わりを迎えるのかは、具体的な描写はなされていないらしい。


ただの予言だろうけど、昨年NASAが、2013年5月頃にソーラー・ストームが発生する可能性があるという見解を発表している。

ソーラー・ストームとは、太陽嵐

要するに太陽活動極大化による、スーパーフレアが起こる可能性があるということ。


これの極端な例をあげれば、映画『ノイング』を観ていただければ分かりやすいと思います・・・



こういったことが起らないことを祈りたいですが・・・


当たるも八卦、当たらぬも八卦


ちなみに、八卦とは、中国の占い(易)です。


なにが起こっても、受け入れるしかありません。

地球規模、いや宇宙規模になれば、人間に為す術もありません。


自分たちが作り出した原発でさえ、コントロール出来ないでいるのですから・・・




そもそも、身の回りに起こることは、自分で創り出しています。



「良いことがあった」「良い人にあった」「気分がよかった」・・・


逆だと、


「よくなかった」「嫌な人がいた」「調子が悪い」・・・


すべての物事に対して、自分自身が意味付けをしています。

自分にとって良いとか、悪いとか。


要するに、自分中心



これを、自分からだけの角度ではなく、色々な角度から見れるようになると、なぜよくなかったのか?なぜ嫌だったのか?なぜ調子が悪いのか?・・・を意識できるようになります。


意識することによって、嫌なこと、良くないことを拒否するのではなく、受け入れる。


受け入れることによって、自分にとって大きな意味が出てきます。



当然、拒否すれば自分自身が無意味なこととして、扱ってしまうでしょうから・・・






すべてのものごとには、意味がある。
ラベル:映画
posted by どうざん at 19:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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