2014年01月26日

お釈迦さまものがたり[32]《金色の光》

P1160679.JPG

前回から、すご〜〜く・・・

間が空いてしまいました

前回まではといいますと、

悟りへと近づくためには、

自分自身が持つ「心・想念のあり方」こそ

その修行対象であることを確信された

ぴかぴか(新しい)お釈迦さまぴかぴか(新しい)

月日が経つのは早いもので、

城を出て、もう四年が過ぎた頃・・・

5月・6月の雨雨季雨の時分であります。

ゴータマは心を静め、ひたすら穏やかになろうとし

瞑想三昧に入っていた。

洞穴の中は薄暗く、じめじめとして気分は悪い。

しかし、そんな中でも、

どういうわけかその日は心が落ち着き

気分も爽快で実にすがすがしい。 


すると・・・


不思議なことに、瞑想が深くなるにつれ、

急に眼の前がぴかぴか(新しい)金色ぴかぴか(新しい)に輝き出したのです。 

同時にぴかぴか(新しい)黄金色の光ぴかぴか(新しい)が実に滑らか

気持ちがよいるんるん旋律音るんるんに乗せられて

ゴータマの温かく包まれていくではないか。


じーっとそれに集中傾けていくと・・・

そのますます強度を増していくようになるのです。

やがてその人の形に見えてきた。


「梵天だ! 梵天が現われた―――」


ゴータマは思わず心の中で叫んで言った。

やっと四年の労が報いられたexclamation×2そうも思った。



・・・だが、そう思った次の瞬間・・・



金色の光はアッという間に消え失せ

今のいままで聞こえていた旋律は、

洞穴の外で降る雨音に変わっていた。 

ゴータマはまたもや梵天を見ることができなかった。

これまで四年の間に、こうした現象は何回かあった。

そうしてそのたびに、

心を動かし、現実の自分に戻った瞬間、

その黄金色の光暗闇に変わっていた。

しかし考えてみると、

こうしたを見るときは決まって心は穏やかであり、

この世に生きる自分を離れたときであった。


ゴータマは、

これら実体験を何回か繰り重ねることによって、

この世に対してとらわれがなくなった時、

ないしは物事への執着がなくなった時の、

自らが置かれた心境状態と、

心の眼の中に迫ってくる霊的な現象との関連性

について、

この両者は心という世界にあっては

相互に強く結び合っている
ことについて、

学んでいくことになるのです。 



今日は、木盛龍彦さんのトークライブの日です。(午後1時から)
お時間ある方は是非

 


posted by どうざん at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。