2013年04月15日

お釈迦さまものがたり[25]《宇宙・生命の根本》

昨夕、動真庵竹林「たけのこ」を採りに行ってみたところ・・・


イノシシに掘られまくっていましたがく〜(落胆した顔)


が、なんとか見付けたのがコレ1個ひらめき

IMG_20130415_180323.JPG

10cmありません・・・ふらふら


というわけで、

「お釈迦さまものがたり」から、だいぶ話がそれていましたので、


そろそろアララ・カラマー仙人の話に戻りたいと思います。
 


ことの真偽は別として、


表面意識潜在意識からなる

心全体の活動を完全停止させる

「無の境地」を標榜する、

そんなアララ・カラマー仙人がする


綿密な「心の探求」は、


見事といえば見事な分析ではあるのですが、


そこにはアララ・カラマー仙人の


独特世界観(宇宙観)生命観


根本に敷かれていたのです。 


彼は「我(が)」滅却させることによって生ずるとされる


「無という境地」
に、


何ゆえこだわり

何ゆえ「無」それ自体を極限の悟りと同一視しようとしたのか 



それは・・・



宇宙・生命の根源というべきものは、

我々人智を超越した「混沌(こんとん)状態」にあって、

それは永遠に収拾ができ得ぬ状況に置かれたもの



とする、

絶対的な確信

これが彼自身にあったからといえます。 


どうして彼がそう確信したかは不明でありますが、


やはり戦乱冷めやらぬ時代背景

強く彼自身の心魂に働いたことがあげられます。  



アララ・カラマー仙人の考えでは、


宇宙ないし生命の根本は「混沌」そのものであって、

我々人間の頭からすれば宇宙ないし生命の根本は

まさに不可解となってあるべきもの



として、これを見立てたのです。


「混沌」が根本ということですから、


そこには秩序とか調和といった常態

本来的に成り立つわけはなく、

ましてやそこから真理や法則など導き出すこと自体

全く不可能、全くのナンセンスな詮索でしかないと、

また、私達の眼前に現象として顕われ出ている宇宙・生命の諸相のすべては、

まさに不可解であるがゆえに、



根拠なき偶然の積み重ねによって出来上がっているに過ぎないもの

それら存在の裏づけや意味などありようがないもの



として、


アララ・カラマー仙人は、

すべてをこのように規定していったのです。


つづく。 


posted by どうざん at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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