2013年02月19日

お釈迦さまものがたり[17]《生きものの命》

用事で、佐伯市へ行ったところ見付けましたexclamation×2

夕刻撮影
NCM_0377.JPG


がもう咲いてまするんるん



湯布院は、まだまだですねぇ・・・寒いふらふら



そして、前回に続き・・・


今回もまた、ヴァックーバー仙人です。


ヴァックーバー仙人は、



苦行を積んで


煩悩
が生ずることがないボロボロな肉体の状態のまま死んでいけば・・・


死後必ずぴかぴか(新しい)天上界ぴかぴか(新しい)に生まれ、


そこでが得られる・・・



という。 


しかし、よくよく考えてみればわかることですが、


死後の世界では、


この世の肉体を持つ必要などないのだから、


そこでは肉体から漏れ出す煩悩など湧き起こること自体・・・



ありえないexclamation×2ということになり、



それはもうそのまま


煩悩が湧き起こることがないぴかぴか(新しい)天上界ぴかぴか(新しい)


ということになるでしょうし、



それから、ぴかぴか(新しい)天上界ぴかぴか(新しい)ですが、


それは安らいでいることが安住とされた世界という意味を持つわけだから、


今生この世にて


常に安らいだを持って生きていれば、


死後もそのまま、


安らいだ世界

すなわち

ぴかぴか(新しい)天上界ぴかぴか(新しい)

へと行けることになる
のではないでしょうか。



何故ならば、



そもそも、因果応報=循環ということが原則である


ヴァックーバー仙人は言っています。 



また、私達人間は肉体を持ち、


そこで抜け出すことができぬ煩悩という苦しみ宿命的に背負わされた



そんな「はかない」生きもの



といえるのでしょうか? 



それでは、同じ肉体を持っている生きもの


人間以外の生きもの達



「生きざま」を見てみますと・・・



察するに、人間以外の生きもの達が、


そんな深刻さを常に抱きながら生きているようには・・・


どう見ても


見えないですよね。わーい(嬉しい顔) 



彼ら生きもの達は、


さも自然に、本能がおもむくままに、


生命いっぱいのかぎりを尽くして大自然とともに生きていこうとし、


そして無為自然のまま死んでいっています。 


に際して、彼らは、何らおびえる風も見せず、


それこそ、宇宙自然界渾然一体・完全同化されて


「いのち」を全うさせています。


不安も懐疑も躊躇もせず


生きそして死んでいっているように見える。 


何の因果でしょうか?


私達人間ばかりが、


肉体煩悩からの苦しみにおびえ、


それから逃れたいとして苦行という生き方を選び、


死後の世界に託して


を求めようとしている。



こうして見てみると、


何だかちょっと・・・



人間は考え過ぎじゃないの?



と疑いたくもなりますよね。あせあせ(飛び散る汗)



次回

「無」の境地 アララ・カラマー仙人です。

お楽しみにわーい(嬉しい顔)


posted by どうざん at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。