2012年12月31日

お釈迦さまものがたり[8]《矛盾》

正月飾り用に山へシダ採りに入って見つけた

IMG_20121231_105309.jpg
冬いちご



とうとう2012年の最後の日が来ましたね。


2012年、人類が・・・がく〜(落胆した顔)


なんて騒がれていましたが、何事もなく今日を迎えられました。


去年の12月8日のブログ


『2012』


でも書いていましたが、


NASAが発表した


太陽活動が極大化する時期は2013年5月頃


というのもありましたので、気になるところです。


しかし、こう色々あると、


なんだかイベントを楽しんでいるみたいですよね。



まっ、それくらいの方が健全的です(笑)



それでは、今年最後の『お釈迦さまものがたり「矛盾」』です。




ゴータマは、修行者の一人一人をよ〜く見てみると、


大変な荒行を重ねていた。


或る者は、炎々と燃え盛る火の傍らで、自分の身体その火に当て、


その悲痛な苦しみによって


自分の煩悩を絶とうとしていた。


或る者は、バラのトゲを一面に敷きその上我が身を横たえ


出血で身体全体が真っ黒にハレ上がりながらも、


その苦しみに耐えていた。


まさに見るも無残な地獄の場景


であったのです。 



「肉体荒行」「心の平和」



ゴータマにはこの両者がどうしても結びつきません。


心の苦しみを除くために、


どうして自分の肉体ばかりを痛めつけなければならないのか。


またそんなことして、


自分が希望する安らぎ溢れる幸せな国へと本当に生まれ替わることができるものか。 


よく考えてみると、


それら論理には無理な飛躍


まさに辻褄(つじつま)が合わないことが知れるのです。


自分の身体を痛めつけ心身喪失の状態にさせれば、


欲望など確かに起きてくる余裕すらありません。


けれど、


極限なまでの肉体苦に打ちひしがれ我慢に我慢を重ね、


そして死んでいって
死後の世界で、


何で心安らぐことになるのか?


肉体荒行をすれば当然として肉体苦というものを味わうはずである。


仙人がゴータマに強調して言った


「輪廻の法」 


すなわち、


『現在の原因が未来の結果となるという道理』


に照らし合わせ考えていけば、


そんな肉体の苦しみを強く心に焼き付けて死んでいった者達が、

どうして死んだ世界において心安らぐ境地にひたることができるものか?



できるわけがない。


ヴァックーバー仙人は言っていることと、やっていることと


明らかに矛盾しているのでありました。 


また問題は、


来世ではなく、今生きている現世にあるべきではないのか?

 
いったい人間は、


現世に何の目的を持って生まれてきたのか。

来世を望むためか?


いや違う、現世をよりよく生きるために生まれてきているはずである。 


とすると、ここでの修行なり目的というものと、


ゴータマ自身が二十九年間の悩みによって、


得てきたものとが一致することにはならない


それがわかったゴータマは、


ヴァックーバー仙の修行場をあとにしたのです。




次回、「境地」

それでは、良いお年をお迎えください手(パー)わーい(嬉しい顔)


posted by どうざん at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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