2012年12月29日

お釈迦さまものがたり[7]《心の師》

もぉ〜い〜くつねぇ〜るぅ〜とぉ〜るんるん



なんですが・・・



なんだか、今一つお正月の実感が湧いてこない今日この頃。



皆様もそんな感じではありませんかexclamation&question



この謎は、後々解明していきたいと思います。(笑)


干し柿
IMG_20121229_121731.jpg





では、続きです、どうぞexclamationわーい(嬉しい顔)






二十九歳のゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)は、


心の師を求めて出家を決意exclamation


カピラの城を出たのです。


それこそ最初のうちは、出家して城内の住み慣れた環境を離れ、


必ずや巡り会えるであろう≪心の師≫の指導のもと黙々と修行をしていけば・・・



ひらめき悟りは得られていくものひらめき


そんな考えであったのでしょう。


そして、


「悟りを得たならば、また城に帰って父の手助けを」と。 



ところが・・・



「いざexclamation修行」という現実場面に出くわすと、


「そんなに甘いものじゃない・・・」


ということがヒシヒシと感じ取られてきます。


先ずは最初に近くの森で修行場を開いていた


ヴァックーバーというバラモン仙人(僧)


の門をたたき、そこで身をもってこのことを味わいます。


ヴァックーバー仙の修行場では、


戦い明けやらぬ身の素性から逃れ救いにあずかろうとしてやって来た兵士達

あるいはバラモン白人種・修行者達が、

何とか己自身を悟ろうと必死に行をしております。 


「ここでの修行の目的は何か?」


ゴータマはこう切り出すと、


「今世は戦乱に次ぐ戦乱で、心の安らぎなど到底得られそうな世の中でない。

そこで、このような肉体行を積み重ねして、来世は戦争のない平和な国に生まれ出る、

それを目的としているのである」



疑問に思ったゴータマは、


「もし天上界でよい生活をしたいための修行であれば、

また次そのまた次も、この世に生まれてきたとき、

同じようにこうした厳しい肉体荒行をせねばならぬことになろう。

原因と結果とは輪廻していると思われるけれど、

それならば、

私達人間はこの世に生まれてくるたびに、

厳しい肉体荒行をしなくてはならないことになる。

そんなことでは、

未来永劫いつになっても確とした心の安らぎ、

よい生活など得られていけるものとはならないが、

私達人間はそれほど浅ましい生きものなのでありましょうか?」 



返答に困った仙人は、



「お前は厳しい修行がそれほど怖いのか」



とゴータマをなじるのであった。



・・・続く。

次回、『矛盾』です。

年内更新しますよ。

あと数日ですが(笑)


posted by どうざん at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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