2012年12月10日

お釈迦さまものがたり[4]《逃避》

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雪積雪雪 約5cmがく〜(落胆した顔)


大変お待たせしましたあせあせ(飛び散る汗)


『ゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)の逃避』でしたね。


それでは、前回のおさらいです。


お釈迦様(ゴータマ・シッタルダ)は、


歴然とした身分差別


死んだ母が居るであろうあの世への思い

などにより、


生への執着

生への苦しみ

生への悩み


が、騒がすようになり、


時とともに、心の中をますます占領していった。 


それから、私達がこの世に生まれてくる際には、正しく魂修行ができ、


そして悟っていけるように、あの世において綿密な環境選びをしてきているということ。


こうしたことから、見えてくることは・・・


お釈迦様(ゴータマ・シッタルダ)の場合で言えば、


身は王子として生まれて、周囲の不自然な環境によって心が奪われていくよう


青年期人生仕組ませていたといこと。



要するに、こうした動揺があればこそ、この地上界に生きる人間としての役割や目的を思い出していけるという・・・



そんな糸口人生の図式があったのです。exclamation 



こうしたことから、十歳代のゴータマ(お釈迦様)には、



人間はなぜ生まれ、 

なぜ病気をし、 

なぜ年をとるのか、

母親マヤの死を通して人間はなぜ死ぬのか、


この四つの基本問題にいよいよ直面していくのです。 


とはいっても、これらはまさに人生における大難問悩みばかりが増幅するだけで、


解決などには到底至りません。もうやだ〜(悲しい顔)


ゴータマは心の中に横たわるこれら悩みを抱きつつも、


毎夜毎夜の華やかな踊り子達の舞う姿を眺めては酒にひたり、バー


その場その場を彼なりに慰めていくしかなかったのです。 


しかし、こんな逃避をすればするほど、


むなしくなるばかりとなり、



「もうどうでもいいや・・・」



と、あきらめにも似た


物事を悪い方にばかり考え,悲観していく考え方やものの見方


厭世感(えんせいかん)


にひたることになっていくのです。 




ん〜・・・、暗い気持ちになっちゃいますよね・・・ふらふら


しかし、お釈迦さまもこのようなことを経験されたからこそ、


悟りへの道が開けたのです。


お釈迦さまというスーパーマンのような方でもこんな苦労があったなんて。



なんだか、勇気がでませんか。グッド(上向き矢印)





しかし、ここで次回へ続く・・・

次回は、「ゴータマの苦悩」です。

お楽しみにわーい(嬉しい顔)


posted by どうざん at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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