2013年11月01日

お釈迦さまものがたり[31]《ゴータマの師とは》

コンギク(紺菊)
PB010429.JPG


お釈迦さまものがたり[番外編11]《肉体【物質】と心【精神】2》で書いていました、


五官六根


心の表面層で働く自分よがり

短絡な「想念」活動によって、

私達のほとんどが判断され、

そして決められ

毎日の生活が積み上げられていくようになる・・・


これが現状です。もうやだ〜(悲しい顔)


このように、

私達は心の中、それも心の表面層で働く「想念」

という意識活動によって

大きく影響がされることになるわけであるけれど、

逆にそれに対しては

何がしかの注意などすることなく


想ってはまた別の想いを心につくり、

また想っては違う想いをつくりと・・・



心の中で展開させていく想念内容には


何ら責任など感ずることなく

自由気まま、勝手気ままに

心の中で想念画像を描き出し、

まさしく私達は想念の中で生活をし、

想念の中で呼吸をし続けながら・・・



生きていることになります。 


考えてみれば、私達・日常生活の中にあっては、

実際に行動すること以上に、

心の中でする想念

それも表面意識層からなる場当たり的な想念活動をして、

いかに多くを生きているものか、

そのことがよくわかってきます。


誇張していえば、


私達は心の中で働く「想念」という意識活動によって

人生のすべてが作られ

人生のほとんどが決められ


それらによって私達の生涯は全うされていく



そのことがよくわかります。 



そうなのですexclamation

まさに私達人間がする


「心・想念のあり方」


ここにこそexclamation×2

探究を差し向けていく目的対象があるべきもの

ということになります。

よって、

人間の苦悩や憎しみや悲しみなど、

それら生老病死にかかわる煩悩苦については、

「心・想念世界」の対象領域の中


これとどう取り組み、

どう解決をはかっていけばよいのか



そのことが読めてきます。 


ゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)には、


頼れる師はとうにいないexclamation

悟るためには自分自身以外にはありえないexclamation×2


この時点で、それを知っていきます。

そしてここにおいて、

より一層、悟りへと近づくためには、


自分自身が持つ「心・想念のあり方」にこそ

その修行対象はあるべきものexclamation×2


それが確信となってはっきりとわかります。


こうして、ゴータマ・シッタルダの眼前には、

これからの修行のあるべき道筋

洋々と開かれてくるようになっていくのです。


posted by どうざん at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦様ものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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