2013年03月29日

お釈迦さまものがたり[番外編8]《あの世とこの世3(実在界)》

すいせん
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なんという種類かは、わかりませんあせあせ(飛び散る汗)

誰か教えてくださいexclamation



次は、あの世「実在界」についてですね。


この世「現象界」よりも難しいかもexclamation&questionですがたらーっ(汗)


まずは、その言葉の定義から始めましょうるんるん


ここでいう「実在」とは、


文字の通り「実際に在ること」ですが、


これをもっと言えば・・・


五感によって知覚されるものを乗り超えて、

その奥に在る本質的な真の存在といえるべきもの



これを「実在」というのです。 


かつてギリシャのプラトンは、

こうした「実在」イデアである。

と言っています。


すなわちそれは、


超感覚的価値として価値判断の基準となるべき永遠不変の実在であるといい、

物質現象を乗り超えた世界私達・心の中にある真実なるもの



としてこれをとらえました。


またドイツ弁証法哲学者ヘーゲルはこうした「実在」


精神の自己客観化としてとらえ、


実在と観念の統一を主張したわけでありますが、


プラトンと同じような意味を持たせ、


私達が持つ

「心の中に在る真実なる世界=宇宙的理性もしくは神」


それが「実在」であるとしました。


どんなに思念を凝らし疑いをかけても、

それが客観的に在って、

常に自分とともに付き纏(まと)い、

しかも安定的・永続的に存在し続けていくもの



それが「実在」であるのです。 



それはちょうど、

自分の心の中で 


心の存在って、有るの?無いの?


を推し量っているようなものですから、


それは疑いようがない事実となって在るべきものとなります。



こうした意味で、


「現象」に対比されるべき「実在」とは、


「物質を乗り超えた精神・心」


をいうことがわかります。


・・・ちょっと難しかったと思いますがたらーっ(汗)


「現象界」と対比されるべき「実在界」について、


このような哲学的にではなく、


もっとはっきりと実態的にこれを説明してみますと・・・


「現象界」とは、


常に生起・変化・変滅が繰り返され、

イットキたりとも同じものを保存させることができない、

不安定でギゴチない現われによってすべてが支配されている世界


ということでありました。 


その根底には、


この世界を形づくっている原形・基本因子が、

とても粗雑で波動が荒い物質原子によって

成り立っている
ことに由来がされます。


しかし、一体


この物質を成り立たせているものは何なのか?


気になりませんか?


科学的に証明されていることでいえば・・・


原子自体は、原子核電子で成り立ってます。 

原子核は、陽子中性子の集まり。

そして、陽子中性子クォーク(素粒子)で構成されているのでは

※素粒子で記憶に新しいものは、「神の粒子」と言われている、万物に質量を与えたとされるヒッグス粒子。発見の可能性exclamationと発表されただけで、未だ発見されていません。あせあせ(飛び散る汗)

現代科学ではここまでなんですよね。



これらの根本となるもの。


それは物質原子よりもっともっと遥か微細な何か・・・


『お釈迦さまものがたり』で徐々に明らかにされていきますexclamation×2



乞うご期待exclamation


こちらもよろしくわーい(嬉しい顔)《104ページ目に掲載》
※前回発売されて半年で完売した
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posted by どうざん at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

お釈迦さまものがたり[番外編7]《あの世とこの世2(現象界)》

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遅くなりましたが、梅の写真。
現在、徐々に散り始めました・・・


久しぶりの続きですあせあせ(飛び散る汗)


この世現象界にいう「現象」とは、



肉体五感を通して知覚される形象の世界



簡単に言えば、


見たり聞いたり、触ったり、嗅いだり味わったりすることで、確認出来る姿や形。


要するに、


私たちが、普段感じているままの世界。



現象には、そんな意味あいが付されますが、


もっと厳密「現象界」を定義すると・・・


ちょっと難しいですがたらーっ(汗)こうなります。



「現象界」とは、



世の中・世界を構成する原形・基本因子(粒子波動)が、
※《粒子波動》に関しては、後日書く予定にします。


どちらかといえば荒く粗雑なため、


即時円滑というか

キメが細かくスピーディーで正しい

「因果の関係」が伴えず、


よってそこで起こる事実事象が、

とても不安定というか固体的で、とてもギゴチなくなってしまう。


それゆえに、

安定的永続とされた落ち着きのある事実事象が成り立ってゆけない。


そんな性質を備えた世界のことを・・・



「現象界」というのです。



まさにexclamation×2



私達・この世の世界が、


これに該当ひらめき


皆さんもこれには納得できるかと思います。



そして、またちょっと難しくなりますが・・・たらーっ(汗)



この世でもあの世でも私達がそこで生きて暮していくためには、


それなりの「空間領域」がなければなりません。


この空間というものは、


「時間」とはまさしく一体となってあるべきもので、


時間があればこそ空間は維持され、

また伸縮もされていくことになるのです。


無時間空間広がりなんてことは、本来あり得ないわけで、


空間領域がある以上exclamation


そこには必ずexclamation時間というものが付き纏います。


 
先に述べた「現象界」では、


安定的「因果の関係」がとれないということでありましたが、


それは、


この「時間」というものの動き


不完全である


ということと同義であると心得て下さい。


なぜならば・・・


因果の進行は時間があって初めて可能となるからです。



時間の前後左右の移動がうまくとれず、


そのために正しい因果関係機能されていかないということ、


それは世の中・世界を形づくる原形・基本因子(粒子波動)が精妙ではなく、


粗雑であるということに起因するのです。


事実、

「この世・現象界」では


時間ただ一方的に進むだけ
で、


過去には戻っていきません


したがって、


永続的に安定とされた事実・事象は叶わず、


常に生起変滅が余儀なくされることになるのです。



かわいいこの世は安定していないが故に・・・かわいい

かわいい無常ということ。
かわいい


次回は、あの世「実在界」です。わーい(嬉しい顔)
posted by どうざん at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

お釈迦さまものがたり[番外編6]《あの世とこの世1》

駐車場にて
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今日は、久しぶりに冷え込みました。

朝7時半くらいでも−3℃くらい・・・がく〜(落胆した顔)


辺り一面、霜びっしりあせあせ(飛び散る汗)


有り難いことに、動真庵は日当りが良いので、

室内は、暖房がいらないくらい暖かくなりますよるんるん




それでは、


早速、「あの世」のことについて触れてみます。


厳密にいえば、あの世のことを



「実在界」といいます。



「実在界」とは


読んで字の如く


「実在している世界」


ということですが、


でも、これだけでは・・・


何が何だか?さっぱりわかりませんよねたらーっ(汗)



全然、実感できないのに

何故、「あの世」実在となるのか



この「実在界」を理解するためには、


「実在」対比する言葉


それは「非実在」なんて言葉もありますが、

対義語ですと、「架空」「観念」


ということになりますが、


哲学でいう「実在」ということになりますと、


生滅変転する現象の背後にあるとされる

常住不変の実体。



という意味です。



この哲学での「実在」からいえば・・・



常住不変の実体《表》とすれば、

生滅変転する現象《裏》



常住不変の実体《光》とすれば、

生滅変転する現象《影》



ですので、この「実在」対比する言葉として、


私たちの世界(この世≪無常≫でありますので、

※無常とは、《一切の物事は一定であり続けることはなく、常に変わっていくもの》


常に生起変滅が余儀なくされる


という意味で、



「現象」



という言葉が浮かび上がります。


※現象とは、人間が知覚することのできる、自然界や人間界に形をとって現れるすべての物事。
哲学では、本体・本質が外的に発現したもの。


ですから、「この世」のことは



「現象界」



とも呼ばれます。



現象が起こるからには、

そこには、実在するものがある。



があれば、があり、

あれば、ができる。

がなければ、もなし、

がなければ、もできない。


この世では、

どちらか一方だけでの存在は成り立ちません。


互いに別々な存在でありますが、


共存することによって存在ができるもの。



【不二(ふに)】



次回は、この世「現象界」です。わーい(嬉しい顔)
posted by どうざん at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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