2013年02月02日

お釈迦さまものがたり[番外編5]《守護霊とは?(2)》

今日は、晴れとても暖かく気持ちよい晴日晴れでした。



exclamation&question極楽に来てしまったのかexclamation&question



と、毎日寒かったので思ってしまうほどでしたよわーい(嬉しい顔)


ということで、今朝の動真庵の入口にあるギンモクセイ
IMG_20130202_111725.JPG

なんだか精霊がいそうだなぁ。



それでは、続きを・・・


師僧の事例でいいますと、


過去世において様々に坊さん神官など経験しているそうです。 


本当は宗教とは全くかかわりのない別の道を進んでいらしたのですが、


この過去世因果からか・・・


いつしか、今生でも坊さんになるようにしてなってしまった感があるとのこと。


これは、過去世の自分自身となって生きてきたという意識霊魂私の守護霊となって、


あの世との交信のパイプ役を果たし、様々に働いてくれていたからだそうです。 


そして、この守護霊方々はいつも私の心の中(胸の中)に居ると。 



また、過去世の中国時代、特に天台山で法華経を学んだ記憶が強いためということからか、


法華経の真意(これは釈迦の真意とも合致いたしますが)を

今世においてもっと奥深く学びたいとする意識

すごく強かったと。 


そのため、法華経中心である日蓮宗の僧である父を今生の父としてをいただき、

母とはインドお釈迦様の時代の結びつきが強いこともあってか、その当時の方を今生の母として選ばせていただいたとのこと。 


とはいえ、師僧と御両親とは深い縁で結ばれてはいても、


両親自分とは別人格であって、


独立した別個な意識霊魂を持った方々ということになるから、


両親そのもの自分の守護霊守護神になることはないのだそうです。



では何故?

師僧が過去世、中国の天台教(天台智ぎ大師538〜597が説かれた法華経の教え)を学んだ記憶があるのかというと・・・



なんとその理由はexclamation



当時の中国語口からほとばしりでるようにしてしゃべり出すから。




もちろん師僧は、中国語など学んだことはただの一度もありませんでした。


でも、口からは当時の中国語が流暢に・・・


或る時には感情を籠め熱く語り、それが延々と出てくるのだそうです。


場合によっては今生の自分自身を叱っている言葉もあったそうなんですが、


それはそれは、涙を流し嗚咽しながら、


とても懐かしい言葉となって出てくるのだそうです。



また、インド・お釈迦様の時代にもバラモン・白人種となって生まれていたそうで、


バラモン行者として必死に苦行(それは全身ミイラになるまでの様々な肉体行)をしていたが、


それでは全く悟ることができないことがわかり、


やがて幸いにもゴータマ・シッタルダ(お釈迦様)と出会い、


弟子(サロモン)の一員に加えてもらい


ブッダサンガ(釈迦教団)に帰依をした過去世があるそうです。


その当時は、お釈迦様のことを


「ブッダ」でなく


バラモン流に


「シュバラー(悟られた尊き方)」


と呼んでいたそうです。


何故、これらもわかるかというと・・・


インドお釈迦様の時代にいた自分自身(私の守護霊)が、


当時の言葉でしゃべってくれるからわかるんだそうです。




こうしたことから、これらすべて師僧の過去世の転生であり、こうした過去の自分自身のこと


守護霊というのだそうです。 



また、こうした霊的な現象のことを異言(いごん)現象といいます。


釈迦の時代、アラハン(阿羅漢)といわれる数百からなる多くの御弟子方々は・・・


皆これができたのです。 



ですから、仏弟子達は・・・


懺悔と反省、真理の探究に専念し、その上で


正しい心のあり方

生命の永遠性

私達が持つ善なる意識想念の中に神仏あの世があること

人生の目的と使命


これらの説法にあったのです。



かわいい自分を一番応援してくれるのは、自分自身かわいい


posted by どうざん at 20:17| Comment(2) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

お釈迦さまものがたり[番外編4]《守護霊とは?(1)》

ばってん雲
NCM_0373.JPG

次は、「よかろうもん雲」を見つけます(笑)



それでは早速ですが、


釈迦仏法でいうところの・・・


つまり本当の意味でいうところの



守護霊



について説明いたします。 



守護霊とは・・・



過去世の自分自身となって生きてきた



私という意識霊魂



つまり過去世の私自身をいいます。



理解しにくいかもしれませんね。あせあせ(飛び散る汗)


一般的?な常識で考えられることは、



今現在、この世に「自分」というものが存在している、

生まれ変わることを考えれば、あの世にはいないはずの自分が守護霊
exclamation&question


なんのこっちゃ、ようわからんふらふら



状態だと思います(笑)



これは、この世の常識で言えば「わけがわからん」でしょうが、


あの世というところは、この世の常識とは違います。



特に、この世しか信じられない人にとっては、



法華経に書いてある

読んで字のごとく


難信難解(なんしんなんげ)


な世界ということです。


これらを、これから少しずつ伝えていきたいと思います。


それでは、


何故、自分自身が守護霊なのかといいますと・・・


まず、私達の意識霊魂は永遠であるからです。


例えば、法華経教学ではこれを久遠の教えといいます。 



そして、私達の心(魂)は、あの世とつながっていて、


守護霊はいつでも私の心の中に私と共に居て、


同時に天上界あの世からいつでも私自身を見守ってくれている、



ということ。


また守護神といわれる方々についてですが、


これは前回登場した指導霊に該当する天上界上段階の方々のことをいいます。


ですから、これまた私という心の中に居るということにもなるのです。


したがって、たとえ愛しい父や母・祖父や祖母ではあっても、


この方々は私自身とはまさに別人格


彼らは独立した別個な意識霊魂を持った方々ということになります。


彼ら両親と私達とはとても縁深き善き仲間です。


見守って下さることはあっても、


実は・・・


彼らが、私達の守護霊とか直接の指導霊になるということはありません。 




では何故、ここまで言えるのか。



それは、私が日蓮宗総本山での修行時代、


私の師僧になっていただいた方のお話です。



それは・・・




・・・ここで次回です。あせあせ(飛び散る汗)



楽しみにお待ちくださいませ。るんるん
posted by どうざん at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | お釈迦さまものがたり[番外編] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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