2011年12月14日

温暖化

カナダ政府が、温室効果ガス排出削減の枠組み「京都議定書」から脱退表明しました。
日本とロシアも続く可能性があるとか。



そもそも、排出量でいえば世界でトップは、ダントツ中国アメリカ
ちなみに、日本は中国やアメリカの5分の1程度・・・(5位)
さらに、カナダは日本の2分の1・・・(7位)




・・・で、中国は「国際社会の努力に反しており、遺憾だ」とカナダを非難しているみたい。




だいたい、日本の5倍もの排出量がある第2位のアメリカは、この枠組みに参加してないわけだし、批判している中国もじつは・・・・


「発展途上国」として、条約上の排出削減義務が免除される特権あり。



悲しいことに、一番排出しているところが、削減しなくてもよい、ということ。
ただし、枠組みに参加してるので中国は努力しないといけません。



そして、枠組みに参加している、これまでの経済成長でたくさん排出してきたであろう「先進国」の国々は排出枠が決められ、超える分を「排出権取引」で、経済成長がまだまだで、排出量が少ないであろう「発展途上国」から買わなければなりません。


つまり、「発展途上国」「先進国」「排出権」を売れる!



環境の問題金融の問題になっている。




なんだか、おかしいと思いません?



地球をいたわり、いつまでもそこにあってほしい自然と人間社会が共存していくためではなかったんでしょうか。




それぞれの国により事情が違うと思いますが、国益ももちろん大切

なんで「排出権」なんていう金融商品みたいなものを作っちゃったんですかねぇ〜。

おかげで・・・それぞれの国のいやらしい部分が見え隠れするんです。



これで何が分かるかというと、本質は環境問題ではなく経済問題ということなんです。




確実に気候変動による環境問題(洪水や干ばつなど)≪地球≫で起こってるんです。




NASAによると、地球から600光年離れたところに、生命に欠かせないが液体で存在し得る惑星を、ケプラー宇宙望遠鏡による観測で確認したと5日に発表されましたね。



要するに≪地球型惑星≫の発見



そろそろ、私たちもミクロからマクロな視点をもつように意識したほうがよいのかもしれません。


個 ⇒ 国 ⇒ 地球 ⇒ 宇宙





12月14日深夜から翌15日の早朝にかけて、3大流星群のひとつと言われるぴかぴか(新しい)ふたご座流星群ぴかぴか(新しい)が見れるそうですよexclamation×2


ラベル:温暖化 宇宙 地球
posted by どうざん at 23:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

ランチとご縁

数日前に、食事会に誘われ行ってきました。

お邪魔した場所は、帆足本家酒造蔵にあるカフェ 桃花流水

明治時代に蔵として使われていた所を、カフェにされています。

雰囲気は、当時のものをそのまま残されているため、かなりGoodです!

今回、私が食べたのはコレ

IMAG0010.jpg


【お豆腐ドライカレーココットとチキンピタパンプレート】

(お豆腐ドライカレー旬野菜入りラザニアとチキンハム入り天然酵母ピタパン、戸次ゴボウのスープ)


いや〜、へるしぃですね。色々あったんで迷いましたわーい(嬉しい顔)(優柔不断)あせあせ(飛び散る汗)

食事の後は、スウィーツまで頂きました。
(ちなみに、バナナチョコタルト)



この会では、色々なお話を聞かせていただきました。

私たちに関して言えば、開こうとしているお寺の色々なイメージがわき、ワクワクでした。



こうした出会いもご縁


仏教でいう縁とは、『因縁』とか『縁起』のこと。


『因縁』という言葉は、一般的だと「因縁をつける」というような、言いがかり、つまり、関係ないのに関係があるがごとく、無理に理由をこじつけること。

また、『縁起』も「縁起を担ぐ」「縁起が良い、悪い」というような、風俗や習慣として使われてます。


この『因縁』『縁起』という言葉は、もともと仏教の言葉で、意味も違います。


『因縁』とは、因と縁、両方とも《原因》という意味があります。

何が違うかというと、直接間接かということです。

《原因》には、直接的要因間接的要因があり、このことによって《結果》が表れる。


これを因果応報ともいいます。


原因によって、それに応じた報いという結果が生じる。


たとえば、「いけないことをしたので、叱られて正座させられて、足が痛かった。」


「足が痛い」という結果は、直接的な原因としては、正座ですね。

そして、間接的な原因は、「いけないこと」になるわけです。


間接的な原因をつくればつくるほど、それに応じた直接的な原因結果が起こる。


これに当てはまるのは、悪いことだけではありません。


反対に、善いことも同じような原因をつくれば、それに応じた結果がやってくる。



《原因》がないところには、《結果》はない。



《結果》があるということは、どこかに《原因》がある。




太陽が昇るから朝がきて、昇れば沈み、夜がくる。



種をまくから、地より芽を出す。



どうせまくなら、善くない種よりも、善い種をあちらこちらにまきましょう!



いつかきっと、綺麗な花が咲き、立派な実がなることでしょう。


これはもう・・・ワクワクですね。
ラベル:ランチ
posted by どうざん at 21:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

2012

今更ながら、『2012』を観ました、またBlu-rayで(笑)

なんとか2012年になる前に観れたのでよかったexclamation&question


ちまたでは、2012年問題として取り上げられたりしてますが、どうなんでしょうね、あのNASA異例の声明を出したくらいだから。

元々、この問題は、古代マヤ人の使っていた暦の記録が「2012年12月22日に終わっている」ということが始まりです。


そういえば、前にも・・・・


そう、皆さんの記憶に新しいのが、1999年に世間を騒がせた「ノストラダムスの大予言」ですね。



「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」



これは、あくまで占星術師だったノストラダムスという人の予言。
(実際には、ノストラダムスの予言解釈というよりも、著書・五島勉の小説という色合いが強いと指摘されている)


今回は、一つの文明の暦。

古代マヤ人は天体観測に優れ、非常に精密な暦を持っていたそうで・・・


一周期を260日(13日の20サイクル)からなるツォルキン暦

1年を360日(20日の18ヶ月)からなるハアブ暦

ハアブ暦の最後に5日のワイエブ月を追加することで365日とする、太陽暦

ハアブ暦ツォルキン暦の組み合わせが約13年ごとに一巡し、4サイクルの約52年を周期とするものや、より大きな周期も存在していたそうだ。

それが、2万5640年を歴史のサイクルとする長期暦。

現在は2万5640年を5等分した5128年単位の最後のサイクルにいるそうで、この5つ目のサイクルの始まりは紀元前3114年。

ということで、終わりが2012年12月22日とされているのです。


普通の感覚だと、カレンダーが終わったんだから、新しいカレンダーが始まる、ただそれだけですが・・・


マヤには「クワウティトラン年代記」というのがあるらしく、そこには・・・


時代を5つに分けてあり、(2万5640年を5等分した5128年単位のサイクル)
 

第1の時代は洪水

第2の時代は暴風雨

第3の時代は火

第4の時代は飢餓


によって滅んだとされていて、


そして現在が、




最後の第5の時代「太陽の時代」(始まりは紀元前3114年)


しかし、「クワウティトラン年代記」には「太陽の時代」がどのような終わりを迎えるのかは、具体的な描写はなされていないらしい。


ただの予言だろうけど、昨年NASAが、2013年5月頃にソーラー・ストームが発生する可能性があるという見解を発表している。

ソーラー・ストームとは、太陽嵐

要するに太陽活動極大化による、スーパーフレアが起こる可能性があるということ。


これの極端な例をあげれば、映画『ノイング』を観ていただければ分かりやすいと思います・・・



こういったことが起らないことを祈りたいですが・・・


当たるも八卦、当たらぬも八卦


ちなみに、八卦とは、中国の占い(易)です。


なにが起こっても、受け入れるしかありません。

地球規模、いや宇宙規模になれば、人間に為す術もありません。


自分たちが作り出した原発でさえ、コントロール出来ないでいるのですから・・・




そもそも、身の回りに起こることは、自分で創り出しています。



「良いことがあった」「良い人にあった」「気分がよかった」・・・


逆だと、


「よくなかった」「嫌な人がいた」「調子が悪い」・・・


すべての物事に対して、自分自身が意味付けをしています。

自分にとって良いとか、悪いとか。


要するに、自分中心



これを、自分からだけの角度ではなく、色々な角度から見れるようになると、なぜよくなかったのか?なぜ嫌だったのか?なぜ調子が悪いのか?・・・を意識できるようになります。


意識することによって、嫌なこと、良くないことを拒否するのではなく、受け入れる。


受け入れることによって、自分にとって大きな意味が出てきます。



当然、拒否すれば自分自身が無意味なこととして、扱ってしまうでしょうから・・・






すべてのものごとには、意味がある。
ラベル:映画
posted by どうざん at 19:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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